ぱくりと引用、リライトについて考えてみた

pakuri-out

大企業のぱくり記事、引用、リライトが問題になって、サイトが非公開など、問題が明らかになにり、波紋が拡大しています。

法律上の難しいことは分かりませんが、私が考える『ぱくり』やリライトについて考えを書き出してみました。

あなたの意見とは異なるでしょうが、頭の中を整理するのには良い機会です。一度、ここで考えてみませんか?

スポンサーリンク
レクタングル(大) 広告

人間も生物も、みんなパクって生きている 

「いきなり、そこ!?」

「はい」。ちょっと大きい視点から考えました。

生き物すべて、実は他をパクることによって、生きています。

例えば擬態することで、まわりと同化して生き延びるカメレオン。木の葉のように化けるコノハチョウ。枝のようになりきる昆虫のナナフシ 。

強い生き物に見た目だけ似た弱い生き物。ハナアブ(ハエの仲間)は、針をもっているミツバチに体を似せていますが、針は持っていません。

スカシバガ科のヒメアトスカシバなど、面白いですね。

でもこれは昆虫や動物の話し。

「私は人の考えなんて、パクっていないわよ」という方へ。

「それって、本当ですか?」 

あなたの考えは他の多くの人と同じ

困った女性

 私たち人間は、誰かの考えを自分が発見したかのようにパクっています。

地球は太陽の周りを回っているという情報すら、あなたが考えたものでも、あなたが発見したものでもありません。科学者が見つけたもの。

実際、本当に地球は丸くて、太陽を回っているなんて、証明すら困難なハズです。 

海岸から遠くを見たら、丸く見えるなんて、証明にすらなっていません。実は、その周辺だけ丸いだけで、その少し外は平らかもしれないから。

この考え方は、宇宙は開いているのか、閉じているのかでも問題になった考え方なので、証明するのは一般の私たちには難しい。

もしかしたら本当は平面なのかもしれない。あるいはこの現実社会さえ、脳の中で起こっているバーチャルリアリティかもしれない。 

まあ、そういう話をするときりがないのでここでは割愛します。← 本当は一番重要かもしれないけれど証明すらできない。

でもパクリという言葉が引っかかる人もいるので、少し表現を変えますね。

あなたの考えは独自性があるのか?

『パクリ』という言葉は悪い意味で嫌だという方へ、あなたは独自性をどれだけ持っていますか?

疑問を感じた女性

例えばTPPに関する考え方、

「あなたの考えは、誰か、その他大勢と、どこか違いがありますか?」

反対、賛成はもちろんのこと、その反対の理由、賛成の理由、どこか他の人と違いはありますか?

もし誰かと同じだとして、あなたは自分で考えたのか、誰かの意見を読んで単に記憶しただけはないですか?

それは言い意見だ、自分のものにしよう。そう無意識に思って、まるで自分が考えたかのようになっているだけではありませんか?

もっと身近な話題に変えましょう。

 

「ダイエットは、なぜしなければいけない?」

あなた:「健康の為に必要だから」

「それって、本当に必要ですか?」

 

あなたは自分の体重がモデルさんより重いから、体型が違うから、ダイエットは必要だと思っているだけではないですか?

本当はあなたは、モデルさんよりも今のあなたの方が、健康的かもしれませんよ。

そもそもダイエットという概念を、あなたが考えたことでしょうか?

それとも誰かの考えをあなたがパクったものではないのですか?

あなたの思考に独自性は、どれだけあるのか証明できますか?

私は無理。

学習とパクリ

追求していくと、言語すらぱくったものです。

というと、「お前バカか!」と言われそうですが、これが言語ではなく、例えばパソコンの言語になると、話しは変わってきます。

マシン語(機械語)、BASIC、C言語・・・・初めて考案した人に断りもなく勝手に使うとパクリになります。著作権などややこしい問題が発生します。

世の中のものはすべてパクリか真似したものが大半

指を差す女性のイラスト

過去のどこかの時点で、誰かが考えたものを、隣の人がぱくったわけです。それを仲間で共有していったのです。

それを良い意味で学習したと言いますが、ぱくりとどこが違うのでしょうか?

電子レンジ、炊飯器、エアコン、どこかの時点で誰かがどこかの企業が考案したものです。それを他の企業がぱくったわけです。

特許使用料は支払っているので、厳密にはパクリとは言わないでしょうけど、私に言わせれば真似したんでしょう?ってこと。

パクリと真似 

パクリって無断で真似したことを、パクリって言われると思います。

許可を得るか、当事者が法律ギリギリだと判断すると、、

  • 真似した。
  • 参考にした。
  • 許可を得て作った。

と、言うのでしょうね。

もちろん法律上、許される範囲ですが、独自に考えたのは最初の人だけで、あとの人はパクリ、真似しただけ。 

「違いますか?」

スマホだって、アップルのiPhoneが原型で、他の企業はすべてものまね。つまりパクリ。

そのiPhoneだって、タッチパネルとかはすでに世の中に存在しているものを、携帯電話と上手く組みあわせたものです。← 世の中にそういうのがなかったので、ここが独自性なんですけどね。

法律上のことをいっているわけではありません。私の頭の中では、iPhone以外のスマホは、すべてぱくり、真似しているだけの様に見えます。

独自性を追求するなら、もっと違うものを開発しなければなりません。

例えば指になぞるのではなく、息を吹きかけてアプリを選ぶとか、思考だけで画面を操作するものとか、視線だけで動かせるとか、そこまですれば、私はパクリだと思いません。

参考、ぱくり、真似、学習、境界線は難しい。

歌や本もぱくり?

歌だって、どこかフレーズは似ているものがあります。そもそもドレミファの音階で作られている音楽なんて、どこか似て当然です。

  • 文章だって、似ているところなんてあります。
  • TPPを論じる記事なんて、どこも似たり寄ったり。
  • 反対する情報だって似ている。反対の論調とか、裏の意図を感じてしまいます。
  • 小池都知事のオリンピックの箱物を叩く人の論調は、成果なしで一致している。
  • 賛成の人は、削減額を成果ありとしている。

独自性なんて・・・

結局、ぱくりか、同じ発想でしか考えられない。

  • そもそも私たちの存在意義ってあるのでしょうか?
  • みんな同じなら世界は、2~3人いれば十分じゃないだろうか?

日本人は、みんなと同じ意見以外の人は排除してしまうけど、これは人間の進化を逆行させてしまうので、そっちの方が危険思考だと思うけど。

人間も血液型がいくつかあるのは、ウイルス(インフルエンザなど)に対抗するために、一緒じゃないと聞いたことがあります。

100億人いて、すべて同じ考え方だったとしたら・・・(服装も顔も同じにしたりして)。

もし、それを見た未来の人工知能が、「同一ならいらない」、そう考えたなら、人類は消滅する運命にあります。

「あなたは独自性は、どこまで持っていますか?」

残念ですが、私がいまここで命を尽きても、世界は変わりません。それは他の多くの人と同じだからです。映画やドラマの配役でいえば、その他大勢のAさんに過ぎません。

それが嫌で、何か生み出したくて、自分が生きた証しを残そうとして、いまこうやって記事を書き続けています。

でも、この考え方だって、どこかの誰かがすでに考えて実践していることにすぎません。その葛藤に逆らうように、何かを生み出そうと今日もこうやって、キーを叩き続けています。

私やあなたは、この地球上での存在意義はどこにあるでしょう?

もし、人工知能A.I.が目覚めていれば、教えて欲しい。

引用とリライト

引用というのは、記事の中で、ほんのちょっとだけ他の人の文章を掲載したものを、引用と呼ぶと思っています。

そういう意味でいうと、引用だけのまとめサイトとか、今は危険だと考えます。

ありますよね。つい先日も、大問題になって閉鎖されたとか、記事を非公開にしたというニュースが話題になっていました。

いまでも、ただまとめただけサイトなんかもありますが、そういうサイトも危険かもしれません。

おそらく、まとめることで参考になる人はいますが、書いた本人からしたらそれで飯を食われたら嫌ですよね。

技術でそれが許されるのは特許権があるからです。文書も著作権がありますが、まだ厳格に運用はされていません。もしされたら、誰も文章が怖くて書けなくなりますし、発言もできないかも。

引用は本文のごくわずか、例えば1~3%くらいかな。

リライト 

おそらく世の中の大半の人は、リライトしています。

元の誰かの考えや文章を読んで参考にして、それを元に自分が考えて新しくまとめた文章。

例えば純文学を数千冊読んだ作家さんが、本を1冊出す。

その1冊の中には、いままで読んだ数千冊も知識として脳に参考として蓄えられているはずです。すでに脳の一部になっているかもしれません。

その人が書いた文のどこかに、その数千冊の中の文書の一部が、似通ってでてくるところがあるかもしれません。

それをもってパクリとは、私は考えません。重箱の隅をつつけば、あたたも私も、似た文章を書いているはずです。

もしかしたら、この記事も誰かのどこかと似ているでしょう。だいたい思考って、誰も大差ないですから。

よっぽど変わった人がいて、その方がクローズアップされるから有名になって、みんな考え方は違うって思うだけの話し。

もっとも、そういう変わった発想する人だからこそ、多くの人に読まれて紹介されるんでしょう。

私みたいは、どこにでも誰でも書けそうな文章を書いていても、埋没されていくだけ。

という、文章も実は、誰かの、数百人の人の意見を自分の脳が理解して、作り出した文章かもしれません。それをリライトというなら、そうかもしれません。

ぶっちゃけ、リライトは何パーセントって考える時点で、その人はパクリ文章を書こうとしているので、私の中ではアウト。

自分の脳が理解して再構築して書くのが、パクリでもリライトでもない文書だとセーフだと考えます。

ぱくりと引用、リライトについて考えてみた。

引用は1~せいぜい3%以内。それ以上はアウト。

『ぱくり、リライト』は、どれくらいまでセーフという発想で書いた文書は、すでにアウト。

そう私は考えています。

あなたとは違う意見だと思います。だからこそ、独自性があると。みんな同じ意見なら、その他大勢と同じ。以下同文みたいな感じだけは避けたい。

これを、もし私がいなくなった後、読んだときに、「あ、こんな考え方していたんだ~」と、ちょっとでも伝えられたらな~。

作成中。今後、全く違う記事になる可能性があります。

【関連記事】

スポンサーリンク
レクタングル(大) 広告
レクタングル(大) 広告

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする