菅原文太エピソードが凄い!高倉健の仲とコメントなしの理由

映画館

菅原文太さんが旅立たれました。そこで、気になっていたある疑問が解けました。

つい先日、高倉健さんが亡くなられた、「あれ、コメントがないのはなぜ?」と疑問に感じました。

「もしや犬猿の関係だったのか?」などと、勝手な憶測で疑問に思い調べていたら、この悲報。これまでの活躍を改めて読み直してみました。

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菅原文太さんのエピソード

数え切れないくらいあるのは、さすが昭和の名優。例えば井上ひさしさんは高校の後輩で、『吉里吉里人』の映画化の権利を30年も持ったまま、映画化出来なかったことも考えてみれば凄いこと。

高倉健さんとの仲が取りざたされているようですが、「歌は下手だけど健さんよしはまし」というコメントからも、良きライバルという所じゃないでしょうか。

気になるお二人のデータや生き様を見ていて、どことなく似ている・・・としみじみ思いした。

二人の気になる関係

高倉健さんは、福岡県で生まれ、東京で亡くなられています。

高倉健さん 11月10日没 83歳 血液型B型 身長180cm
菅原文太さん11月28日没 81歳 血液型O型 身長178cm

菅原文太さんは、宮城県で生まれ、岐阜県の飛騨市、山梨県韮崎市と移り、晩年は福岡県に暮らされていたとか。亡くなられた時は東京都内の病院。福岡・・・ 偶然でしょうが、何か不思議なものを感じてしまいます。

印象に残った菅原文太さんのエピソード

菅原文太さんのエピソードで1つ、特に印象に残っているのが、半年ほど前に知ったのですが、俳優の宇梶剛士さんが錦野旦さんの付き人をされていた時の話。

宇梶さんが仕事で菅原文太さんのところを尋ねた際に、一目で宇梶さんを気に入り、その場ですぐに電話をして菅原さんの付き人にしたという。それ以降、菅原さんの事を、宇梶さんがオヤジと呼ばれていたのを思い出しました。それにしても、行動力が早い。

高倉健さんとの対立?

二人の関係

高倉健さんは、東映で主演の確固たる地位に登り詰めるまでに、かなりトントンと登り詰めたようですが、菅原さんは新東宝が倒産したことで、松竹へ移るも、脇役で5~6年ほど、そんな状態が続き、東映に移籍という流れ。

そこで『仁義なき戦い』で、確固たるスタートとして広く認知されたと思います。これ以降、階段を上るように快進撃が始まります。大河ドラマなどへの出演も続きます。

しかし菅原さんの『仁義なき戦い』などの大ヒットの当時、高倉さんが独立して異なる分野の役者をめざしたいとの思いから、東映との関係が悪化、菅原さんが東映に移籍してから9年後に、健さんが退社するという。

もし同時期に東映で活躍されていたら、またちがった作品が誕生していたかもしれません。二人の関係は、二人にしか分からないようなものがあったように思います。

先輩が亡くなられたのにコメントなし 不仲説

高倉健さんが亡くなられたときに、菅原文太さんからコメントが無かったのは、すでに出来ない状況だったのかもしれません。

ここには書ききれませんが、お二人の生き様を改めて調べながら読んでいると、会って見たいと思いました。お二人が残された作品は、これからも語り継がれていくことでしょう。

いまごろは、高倉健さんと菅原文太さんで、ゆっくりと話しに花を咲かせているかもしれませんね。
※記事タイトルは文字数の関係で敬称を割愛させていただいています。

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