個人の意見は独断と偏見に基づくものだから自由に発信しよう!

女性

たまに他の方の記事を読んでいると、このような文が添えられていることがあります。

当サイトの意見や感想は、独断と偏見に基づくものです。

そもそも個人のサイトやブログなんて、独断と偏見に基づくのが普通だと思うんですよ。

もっと視野を広げると、私たち人間なんて、独断と偏見に基づいて考え、行動している人が大半。

というと、「いや、お前、アホか、そんなことあるか!」と反論する人もいらっしゃいますが。

でもね。そういうあなた、本当に独断と偏見に基づいていませんか?

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論理的に反論できますか?

例えば、「芸能人の○○は、最低な奴だ!」という意見を言ったとします。

でも、その根拠は?

なぜその芸能人が最低だという、根拠を示せますか?

「○○自動車のデザイン、ダサイ!」

ダサイって証拠、根拠、データを示せますか?

「この花は綺麗!」とか、独断と偏見に基づいているとしか思えない。

そもそも論理的に花の美しさを伝えるのって、私には不可能なんですよ。たんなる感情できれいだな~って思っているだけ。

もしそれらを使って論理的に証明できないのであれば、それは独断、あるいは偏見に基づく意見と言われても反論できません。

感情って、そもそも独断と偏見なんですよ。

ニュース・報道は正しく伝えているか?

相談する女性

そもそもプロ中のプロのニュースや報道。

その多くは、正しく物事を伝えているとお考えですか?

大抵の場合、その会社の社主などの方針を元に情報を選択して伝えます。

例えば近隣諸国の利益を考えて、日本に不利な情報を広める報道姿勢をしているテレビ局や新聞社があるのは、ご存知のことと思います。

つまり立場の違いで、情報すら偏って伝えられるのです。ましてや私たち素人の個人が、正しく伝えている方が奇跡だと考えます。

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ダイエット情報だって独断と偏見に満ちている

研究者でもない私たちが、サプリを飲んで痩せたと思って、それを記事に感想としてまとめたとします。

小麦抜きダイエット

でも、本当にそのサプリを飲んだから痩せたのか、それとも食事に注意するようになり、エレベーターを使わず階段を使うようにしたのも、痩せた原因の1つかもしれないのです。

だから「○○ダイエットしたら痩せたよ!」というのも、あくまでも個人の意見。

つまり『個人の意見』は、独断と偏見に基づいて発せられたものだということなんですよ。

ということは、ブログでわざわざ『当サイトの内容は独断と偏見に基づいて書かれています』なんて、書かなくても良いはず。

なぜ独断と偏見に基づいていると書くのか?

疑問

問題はここ。なぜ、独断と偏見に基づいていると書くのか?

それはズバリ、クレーム防止のため。

いまは、何を書いても必ず文句をいう人、揚げ足取り、重箱の隅をつつく人がいます。

だから逃げとして「独断と偏見で書いているので、気にしないでくださいね。あくまでも私個人の意見なので、断定していませんよ~」と。

まあ、めんどくさい世の中になったものです。

そのうち会話できない時代がくるかも

個人攻撃が進化すると、何もしゃべれなくなります。

例えば、「ダイエットは炭水化物ダイエットが効果がある!」と言ったとします。

すると、「だったらその証拠や根拠を出せよ!」「出せないのだったら、そんなことを言うなよ!」

「・・・・・」

「いや、だったら、効果がないと思うなら、お前がそれを証明してみろよ!」

ここまでくると、つかみ合いの喧嘩になるかもしれません。

そもそも日常会話に、根拠を求めていたら会話なんてできません。みんなマスクして、しゃべらなくなりますよ。

でも、ごく一部のクレーマーが、世の中を動かしてしまう時代になんで。

という私も短気で、一歩間違えばクレーマーになりそうな時があります。

あ~カルシウムが足りないのかな~ ← カルシウム不足にあると、イライラするという説がありますが、その根拠を出せと言われると調べるのがめんどくさい(汗)

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科学の論文でもあるまいし記事や会話は自由で良いよ

論文だったら、根拠、データは必須でしょうが、私たち一般人が書くブログ、日常会話に根拠なんて必要無いでしょう。

だから意見なんて、言い切っていいんですよ。

でも最近は、周りにいろいろ気をつかい、

「あくまで私の意見です」「私の私見を述べます」とか、「私が考えたことで、一般的ではないかもしれません」などという逃げの言葉。

でも・・・めんどくさい人がいるから、このような保険をかけたくなる気持ちも分かります。

例えばこの記事のタイトル『個人の意見は独断と偏見に基づくものだから自由に発信しよう!』だって、逃げの記事タイトルにするなら、こんな感じにできます。

個人の意見のほとんどは独断と偏見に基づくものだから自由に発信しよう!

ほとんどは・・・ということは、例外もあるのは認めますと、逃げているわけです。だけど、普通の人だったら、そんなことは分かっているはず。

だからわざわざ、逃げの文章にしなくても良いんですよ。普通は。

なんでも批判する人への対策

ところが最近は、何でも批判の種にする方がいます。

いわゆる『何でも反対党』

ここでいう党とは、政治の政党を示しているわけではなく、グーループ、仲間みたいな感じで書いています。← これだって、逃げの一文。

まあ最近は、何にでも批判してくる人がいて困ります。

根拠は示せませんが、クレームを言ってる人の割合は5%以下というのを、どこかで読んだか聞いた気がします。← これも逃げの文章・・・

だけど周りにいませんか?

何か言うと、いつも批判ばかり言う楽しくない人。

会社でもアイデアや意見を出すと、「それは上手くいかない気がする」とか、それこそ根拠だせよ!

人の意見にダメ出しするのは誰にでもできる。

私がもしダメ出しするなら、「○○さん、そのアイデア、面白いですね~。それに○○をすれば、更に良くなると思うのですが、いかがでしょう?」

と、批判というより、そのアイデア頂き!、そうだ、それに私のこのアイデアを足せば、もっと良くなりませんか?

ただ、批判だけするのではなく、同時に改善案を出すわけです。

もちろん私にもリスクがでてきます。

「お前のその改善点、○○な点がダメだと思う」と、今度は私の意見が批判にさらされるわけです。

しかし、これならどうでしょう?

「お前のその改善点、○○な点がダメだと思う。そうだ。それを改善するのに、△△をさらに付け加えれば良いのでは?」

と、批判ではなく1つのアイデアに対して、どんどん欠点を改善する意見がでて、最初のちょっとした思いつきが、どんどん良くなり最後には新製品レベルのアイデアになる可能性だってあります。

ブレーンストーミング。

批判するだけなら、みんなが気分が悪くなるけど改善点も出せば、より良くなります。

もちろん、それには相手の意見を自分の頭で真剣、必死で考えないと改善点なんて出せません。

だから何でも批判君への対策として、

「必ず欠点が浮かんだら、それに対する改善案も述べること!」というルールを作れば、安易に欠点を批判できないし、物事はより良くなります。

『何でも反対!』から、『より良いものを創り出そう!』という流れにすれば、世の中は加速度的に良い方向に行くと思うのですが、現実はそれとは真逆にすすんでいるように感じます。

ただこの対策、会社などでは有効ですが、見ず知らずの人には対策できません。

法律で規制したら「言論弾圧だ!」と、なりますし。難しい。

良いアイデアがあれば、ぜひご自身のメディア(ブログ、SNS)などで発信してください!

まとめ

言いたいこと、書きたいことは、言い切りましょう!

保険を効かせすぎると、何を言いたいのか焦点がぼやけて、誰にも伝わらない内容になります。そうなると、誰も気にとめてくれなくなるので存在しない意見と同じに。

せっかく意見を述べるなら、誰かに聞いて欲しいじゃないですか!

だったら、少々、過激になっても表現をぼやけさせず、ズバリ述べましょう。

で、注意点としては誰かを批判攻撃したりするのではなく、より良くするためのアドバイス的な文章や言動にしてはいかがでしょうか?

という、これまで述べてきたのは、あくまでも私の意見です(笑)

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