21歳で亡くなった福君(さちぎみ)姫の特別展。
尾張徳川家との婚礼のときに持ち込まれた『ひな道具』が、徳川美術館で公開されていました。
そもそも行くきっかけは、見に行った方が「装飾がすごい、良かったよ!」と感想を聞いて興味を持ったからです。徳川美術館は、前々から気になっていたのも理由の1つですが。
実際に見た私の感想は・・・
「ひな道具、予想を遥かに超えて凄かったよ!」
目次
徳川美術館の華やかな展示の裏で悲劇を見た
実際に足を運んで見たのですが、普段は美術館と縁のない私のことですので、11時半くらいに入館して、30分くらいで見終わると思っていたら・・・
なんと1時半を過ぎていました!
2時間以上も美術館にいるなんて信じられません。それくらい引き込まれました。
私がもっとも心を動かされたのが、若くしてこの世を去った、福君というお姫様の人生です。
徳川家との婚礼というと豪華絢爛、華やかなイメージを持っていましたが、私たちが知らなかった裏側で、いくつもの悲劇やご苦労が垣間見られました。
21歳で亡くなった福君(さちぎみ)さんの特別展
数え17歳!・・・で、福君さんは、尾張徳川家11代斉温(なりはる)に嫁いだときに用意された、婚礼調度の数々が展示されています。
福君さんの詳しいことは、徳川美術館で詳しく紹介されているので、ぜひご覧ください。
今回の展示で分かったことは、徳川家のお世継ぎのため正室、側室が重要な制度であったことが分かりました。
当時はいまの近代医学とは違い寿命も50歳と短く、男子の世継ぎも早くに亡くなることが多いのに驚きました。
尾張徳川家11代斉温氏は9歳で家督を継ぎましたが、病弱だったことで一度も尾張藩には行けず、江戸藩邸で21歳で病死。福君さんが嫁いでわずか4年後の出来事でした。
お二人の間にお子さんは授かることはなかったとのことです。
一般の私たちとの違いは、江戸時代の大名は主人が亡くなると、家を子どもが継ぎますが、斉温氏は21歳で亡くなりお子さんがいません。
つまり次の主人がやってきますが、そのときはまた新しい奧さんを迎えるので、自分がいる場所はなくなります。
ということで、尾張を後にすることになりますが、現代のように実家に帰ることもできず、故人を偲んで暮らすことになります。
大大名の尾張徳川家に嫁いだお嫁さん。総勢200人くらいの方が周りにおられたそうですから、一人寂しく暮らされていたわけではなさそうです。
何不自由なくその後も暮らせるような気がしますが、その福君もまた斉温氏と同じ21歳で病死されました。
いずれにしても福君(さちぎみ)姫は、名のように福のある人生だったのでしょうか?
補足:関白近衛家の養女・福君(さちぎみ)(1820年生~1840年没)
展示にはため息ばかり
福君の短い人生を知ってしまい、少し沈んだ気持ちになりながらも、素晴らしい嫁入り道具の数々にはため息ばかり。
また嫁入り道具を精巧にミニチュア化したものもあり、技術の高さにも関心しっぱなし。
展示量もかなりありましたが、素朴な疑問がでてきました。
戦争のときに、よくぞこれだけ焼けずに状態も良く保管していただけていたな~と。想像もできないくらい、相当なご苦労もあったのでしょうね。
それらも含めてため息。
刀や調度品を見るなら単眼鏡は必須アイテム
いわゆる歴女と呼ばれる方がいらっしゃっていました。
私は2時間を少し超えるくらいの時間、展示物を拝見していましたが、その歴女さんはおそらく3時間以上は見られていたんじゃないかと。
例えば日本刀の展示では、単眼鏡(双眼鏡の片方だけのもの)を使って、詳しく見られていました。
もちろん他の展示物もガラス越しなので、詳細に見るためには単眼鏡がないと、詳しくはみられません。
歴女には当たり前のアイテムだと思います。
次回は単眼鏡を忘れないように準備したい。(撮影できる場所が限られているので、スマホでメモするか、メモ帳は必須ですね!
あるいはICレコーダーで大事なことや、気づいたことを記録しておくと、後から頭の整理に役立ちます。
徳川美術館について
- 開館時間:10時~17時まで(入館は16:30分まで)
- 月曜休館(祝日・振替休日の場合は翌日)
- 一般:1200円 高校・大学生:700円 小・中学生:500円
- 住所:〒461-0023 名古屋市東区徳川町1017
公式サイト http://www.tokugawa-art-museum.jp/ (新しく開きます)。
最後に
今回、初めての徳川美術館でしたが、またチャンスがあれば行ってみたい。時間があれば、館内で説明をしていただける時間もあります。
今回はざ~っと見るだけのつもりだったのですが、次回のため少しでも歴史を勉強したくなりました。
徳川家、御三家などを調べていたら、この記事を書くのに2日もかかっているのですが、その割にはほとんど記事にできませんでした。
歴史はドラマと違って、背景が複雑で難しいのをつくづく実感しました。
歴史学者、磯田さの凄さがちょっとだけ実感できた気がします。
こちらもお邪魔してきました。
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釣りやレモン栽培などをきっかけにブログで発信。子供の頃から母親に教えてもらい野菜の栽培や挿し木などの方法も学ぶ。40坪ほどの畑を借りて100種類ほどの野菜を栽培していた経験も。現在は庭で趣味の園芸を楽しむ。